2章

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『……あ、オイル切れ』

100円ライターを何回かカチカチやって、火衣はそれのオイル切れにやっと気がついた。


「あ、火がないのか。ほら、貸してやるよ」

狭い喫煙所の、入口の方でポケットに手を突っ込んで煙を吐いていた未明が、ぽいと高そうなジッポライターを投げてよこす。「うわ、危な」火衣は慌ててそれをキャッチした。


使い慣れないそれに手間取っていたところ、それをじっと見ていた未明はふっと笑って「つけてやるよ」と手を差し出した。

『なに、やけに優しいじゃん。熱でもあんの』

「ははは!嫌だな、俺はいつだって優しいだろ。まァ強いて言うなら、この変人だらけの船上で、少なからず君に親近感を抱いてんのさ。ほら、煙草の銘柄も同じだ。」

未明はするりと煙草の箱を白手袋の指先で摘んでとん、とサイドテーブルにそれを置く。


『…アンタも充分変人だし。』

そう言ったっきり、二人の間に会話はなかった。吸い始めた煙草がほとんど灰になった頃、「なあ君はさ」未明がもう一度口を開く。


「勘解由小路殺しの犯人は誰だと思ってる?」

『……。』

火衣はおし黙る。あまり気分のいい話題ではなかった。やはり自分の行く先々では事件が起きるのだなと、死神と呼ばれることを認めた訳では無いにしてもやはり酷く不運である。


しかしながらこの事件を解決しないことには、帰れないどころでなく命も危ういとなれば推理をせざるを得ない。しかし火衣には、全く検討がついていなかった。

『……本当にこん中にいんの?……いや、アイツらのこと信じてるから、とかいう綺麗事じゃなくてさ……。真面目に、犯行可能なヤツがいないと思うんだけど。』

これが火衣の率直な意見だった。「ウーン」未明が灰皿にかすをとんとん、と落してから腕を組む。


「しかしだね、火衣クン。照見クンのトリックを見て思ったんだが……。彼女のようにインターホン越しの会話だけだったのなら、勘解由小路迷悟の死亡推定時刻はもっと広くなると思うんだよ。」

『……!そっか…。オレらは"アタッシュケースをホールへ"って言われただけで、会話らしい会話はしてない……ってことは、あのときのが録音で、照見で言う電話の代わりにボイスレコーダーがインターホンに取り付けられて可能性も……そういうこと?』

「ああ、十分にあると。放送だって、録音を流すことだってできるだろ?」


『…もしもあの会話の時勘解由小路が既に死んでいたとしたら、誰にでも犯行可能になっちゃうじゃん。証拠もないし、指紋検査なんてここじゃできない…どうしろっての?』

「そう、つまり全くの振り出しだ。犯行可能な時間が長すぎるからアリバイはあてにならないし、状況から得られる情報はこれ以上ない。」


『はぁ……。となれば、聞き込みか。人から新しい情報を得るしかないってことだろ?』

「そうなる。……ところで俺はね、あの事件以降君にずうっと聞きたいことがあった。」

『…何?』


「あの時嘘をついたのは何故だい?」


『……なんの話』


火衣がきっと未明を睨む。未明は「そんな怒んないでくれよ!」とへらへら笑ったが、その眼光は嘘をみすかす時の彼のものだった。


「いや、ね。才能柄、嘘には敏感なもので。君、本当は"元々勘解由小路殺しの犯行時刻だと思われていた時間"にすら、完璧なアリバイがある訳じゃないだろ」

『……。』


「事件後すぐ、俺は喫煙所へ行った。この喫煙所で煙草を吸うのは俺と君だけだが、おかしいことに煙草の吸殻は増えていた。もちろん、この同じ銘柄のがね。つまり君は1人だった時間がある。案の定、葵クンに聞いたところ、勘解由小路と話した後に、アタッシュケースを運んだ時君は最後まで一緒にいた訳じゃなかった。」

『だから、なんだっての。』


「その時間に犯行をすることも可能だったはずだ。それを隠したのは、少なくとも君自身に"自分が容疑者になり得る"という自負があったからだろうね?」

未明は煙越しに火衣の青い目をじっと見つめる。火衣は黙ったまま、吸いかけの煙草を灰皿につっこんだ。


「……まァあくまで可能性の話だからさ!ねえほら、煙草忘れてるよ。まだたくさん入ってんじゃん、持って行きなよ」

『…もう全部全部嫌。…もう話しかけないで!』

火衣は未明から煙草の箱を奪い取るようにして受け取ると、大股で喫煙所を去った。


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一色は昼頃から、倉庫を見てまわっていた。

広いこの倉庫には、食料、シーツや衣服、石鹸や歯ブラシ__などの生活必需品から、ナイフや鋸、果てには毒や薬品までが揃っている。

勘解由小路殺しの犯人はおそらくここから凶器であるナイフを用意したのだろう。そう__彼の死因が刺殺であることは、確認済みである。胸の傷以外の外相は見られなかったし、毒殺特有の皮膚の変色は見られなかった。


「ああ、一色さん。奇遇ですね」

一色がその声に振り返ると、倉庫の入り口で絲言が微笑んでいた。

「こんなところでなにをなさってるのです?」

『あはは、それはこっちのセリフなんだけどね。君、僕のことつけてる?』

「そんなことはしませんよ。俺と君の行動パターンが不幸にも似ているだけで」


絲言はつかつかと倉庫へ入ってくると、奥の陳列棚へと向かった。黙ってその様子を見ていところ、「なんですかじろじろと」と絲言が振り返るので、一色は笑って返す。

『嫌だなアリス、そんな邪険にしないでよ。君と一度、ゆっくり話したいと思っていたから』

「そうですか。では要件をどうぞ」

あくまでも彼は話を簡潔に済ませたいたちらしい。


『勘解由小路殺しの犯人…はいいや。ほっといても誰かが考えるからね。それより僕の興味を引くのはね、‘’偉大なる財‘’の正体なんだよ』

「はあ。それがいかがなさいましたか?‘’偉大なる財‘’とはマザリンの宝石である、と初日に言っていたではないですか」


『まあね、初めは僕もそう思っていたよ。でも勘解由小路迷悟が自らの命をかけてまで探偵どうしを争わせてる。それに、宝石なんかで釣り合うのかなって思わない?ねえアリス』

「…さあ。宝石にしろ、なんにしろ。面倒です。蓋を開けない方がいいものもあるでしょう。大事に大事に磨いておいた箱の中身がゴミ溜めだった時、絶望するのは君ですよ」


『僕は絶望なんてきっとしないよ、アリスったら』

「そうですか。俺の知ったことでもない…それと俺は、アリスではありません」

絲言はそのにこやかな顔をほんの少し面倒そうに歪めると、マントを翻して倉庫を去った。



『なあ、禍恋』

「…どうしました?連夜くん…具合、悪いですか?それとも…恋…!?」

葵がぼーっとした様子で禍恋に声をかけると、禍恋は心配そうに__いや、いつも通りの様子で、その黄色い目を覗き込んだ。


『いや…どっちでもないけどさ。…照見って、本当に死んじゃったんだなって』

葵が見るのは、ノックをしても返事の返って来ることのない部屋である。

『いや_照見だけじゃない、勘解由小路も、蛇腹も、三井も…。』

「…そう、ですね」


『…死んじゃったものはどうにもなんない…。…だからさ!せめてあいつらのこと、弔ってやりてえなって、思うんだ!…手伝ってくれる?』

葵がその無垢な顔で長身の男を見上げる。禍恋はふっと目を少し見開いて、そのあとにいとしそうに目を細めると、「もちろんですよ…♡」と薄く笑った。


『よし!そうと決まれば行動あるのみ!えっと…よくわかってないんだけど、亡くなった人を弔う時って祭壇?ってのを作るんだよな!』

「そうですね…♡はい、連夜くんの好きなようにしましょう…ぼくは、ついていきますよ…なんてったって、‘’相棒‘’ですから…ふふ…」

葵が走り出す。禍恋はそれと同じ歩幅で彼を見つめている。


「…羨ましいひと。」

走り去る彼らを見て、Rnはつぶやいた。



「連夜くん!連夜くんったら!起きてください!大変、なんです!」


禍恋の掠れた大きな声と、扉を叩く音で葵は目を覚ます。彼のこんなに必死な声は初めて聞くものだったので、葵は慌てて扉を開ける。

『どうした!?こんな夜中に何かあったのか?』


廊下へ出た瞬間、葵は驚愕した。そうこの赤い光は、暑さは、いつもの電灯のあたたかさなんかではなくて。煙は煙草のものなんかではなくて。

「……あの人の部屋で、火事が…!ここにいたら、連夜くんも死んじゃいますよ……!」


逃げましょう、と禍恋は葵の腕を強く掴む。

『待てよ!火、消さないと…!中にいるやつを助けなきゃだろ!』

葵が禍恋を引き留める。

「…でももう、死んじゃってたんです。」

『…えっ!?』

葵は額に浮かぶ汗を拭って走り出し、火の立つ部屋を覗き込む。


燈赤に霞む光の中、ベッドの上でその人は眠っていた。その人はもうすっかり動かなくなっていて、ただ炎の不規則なゆらめきが頬を照らしている。周りに添えられている白百合も、やけとけて何処かべつもののように見える。


1度着いた火は止まらない。


【死亡:火衣きせる】


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🔎推理開始


あの後、火はなんとか消し止められたものの、火衣はすっかり息を引き取っていた。

また彼らは三井の時とおなじ部屋へ通され、椅子に腰かける。あたらしく空席となったふたつの席には、黒電話と彼女の使っていたのであろう、ギターケースが置いてある。


「火衣サマは勘解由小路殺しの犯人ではありませんでした〜。それじゃあみなサマ、今回は火衣サマを殺したクロを見つけてくださいね〜。」


「まず状況を確認しましょうか……。殺されたのは火衣きせるさん、発見時刻は深夜……発見当時炎が上がっており、死体の周りには百合の花と煙草の吸殻……。ベッドの上で死んでいました……。やけど以外の外傷は特になし…。」

「早速ですが、火に初めに気がついたのはどなたですか?夜中の出来事でしたよね」

絲言が周りをぐるりと見渡して聞く。未明がそれに対し手を挙げる。

「俺だよ。眠れないんで、散歩をしていたところ彼女の部屋のドアが何故か開いててね。中で火がついてるんで、火事だ〜!って具合に。」

「そのときアリスはまだ生きていたの?」

「いや、まだ火は小さかったけどアイツは動かなかったな…既に死んでいたのかもしれない。」


「寝タバコでもしていたんでしょうか。タバコの吸殻が近くに落ちていましたよね。」

『それじゃあ火衣は不注意の火事で死んだってことか?』

「いや……それは、おかしいと思います……。」

禍恋が唇を弄りながら、青い目を伏せて言う。


「あの百合の花……明らかに、添えられたものです。つまり彼女の死体が誰かに手を加えられていることは確実……」

「百合の花……ホールにあったよね、アリス?」

「俺はアリスではありませんが、確かにホールの花瓶の白百合が消えていました。あそこから調達されたのは確かですね」


「1度まとめましょうか……。まず、火衣さんは火の中で動かなかったので、別の方法で殺されてから火をつけられた可能性が高い……。近くには煙草の吸殻、また、ホールから調達された白百合が添えられていた……。それでいいですか?」

『でもよ、犯人は殺して、さらに火をつけたってことだろ?なんでそんな面倒なことしたんだ?』


「狂気的な犯行ってやつか?殺す殺さないより、その犯行方法自体を重んじるタイプの犯人?」

「有り得ますね。殺すだけが目的なら、あんな御伽噺のような殺し方普通選びません」


「問題はそれを誰がやったかなのですが……なにぶん火がつけられたのは深夜のようなので、アリバイなどはないですよね……。」

「そうだね。それじゃあ火については1度置いておいて、殺害方法について話し合ったらどうかな、アリス」


『うーん、やけど以外に外傷はなかったんだよな?だったら毒殺とか?』

「有り得ると思います。倉庫には毒や薬品が揃えられていましたし、使うのは容易です」

「それに……やけどで見にくかったですが、毒殺特有の皮膚の変色がありましたから……正しいと思います」


「でもどうやって毒を飲ませる?嬢ちゃん、警戒心が結構高かったろ。そんな火衣クンに毒を飲ませるのは簡単ではない気がするけどな」

「でもアリスには、毎日毎晩のように口にするものがあったはずだよ。ほら君もお揃いなんだ。わかるでしょう」

一色が未明に笑いかける。「お揃い……?」未明が訝しげな顔をした。


『あ!タバコとか?!』

「なるほど……!さすが連夜くん……♡彼女の近くには煙草の吸殻が落ちていましたし、あれに毒が塗ってあったのかも……」

「なるほどな。でもどうやって毒を塗る?火衣クンがずっと持ってる煙草に毒を塗るのは難しいと思うんだが」

『うーん……そうだよなぁ、手放したとしても一瞬だし、毒を塗るのは無理か……。』


「そう、"彼女の煙草に"毒を塗るのはむりだね。でも"自分の煙草に"毒を塗るのは簡単だ」

一色がそう言って微笑んだ。首輪の金具がきらりと光る。


『え?そりゃあそうだけど…そうしたところで火衣に毒は飲ませられないぞ?』

「普通はね。でもそれが、全く同じ見た目、全く同じ本数だったらどちらが自分のものかなんて分からない」


「…なるほど。自分の煙草に毒を塗っておいて、箱ごと何かの隙に入れ替えた__そういうことですね?」

「アリスは物分りがいいね。そしてそれが出来る人なんて……分かりきってるよね?」

一色の瞳孔が捉えるのは一人の男である。


「未明喀命くん?」

「……。」


「違うと言うなら、きみのそのポケットに直に入った3本の煙草を今ここで吸って貰おうか。きっときせるくんのものと本数を揃えるために、毒付き煙草を抜いたんだね。ねえできるよねアリス。君が犯人じゃないなら。」


未明はその浅黒い額に冷や汗を浮かべてポケットから3本の煙草を取り出す。そしてそれを震える手で口に近付けて、ぴたりと止めるとサイドテーブルに置いた。


「……俺の負けだ。」


未明は口の端をつりあげて笑った。サングラスの奥で目を伏せた。

「しかし____これだけは信じて欲しいんだが、俺は彼女に火をつけたり百合を添えたりなんかはしていない。俺はあくまで、毒つきタバコを渡しただけだ。」

「今更信じられるとでも?罪を軽くしようとしても無駄ですよ」

「いや、本当なんだって!実はだな、火事を俺が見つけたとき、散歩なんてのは嘘で彼女が死んでいるか確認しに行ったんだ。扉が開いてるんでおかしいなと思った……」


「……きせるさんのことだから外からの鍵は肌身離さず持っていたはずです……きっと、扉を開けたのは彼女自身でしょう……。毒が回って、助けを求めようとしたとか。だから、初めにきせるさんの死体を廊下で見つけた人があの工作をしたことになります……」

『でもアリバイが使えないからそれが分かんないんだよな?くそー!どうすればいいんだ!?』


議論の停滞。その時1人の男が声を上げた。


「……もういいんじゃないですか?一色さん。」

絲言である。彼の視線の先にいたのは一色だ。

「ええ、もう言ってしまうのアリス。そんなのつまらないよ。酷いな」


『……なんの話しをしてるんだ?』

「ああ、すみません。こちらの話でした。……クロでは無いので、もう明かしてしまいましょう。時間がもったいない。」


「彼女の死体に工作をしたのは俺と一色さんです」


「実はそうなんだ。本当は僕一人でやるつもりだったんだけどね、偶然その現場をアリスに見つかってしまって。以外なことにアリスは協力してくれた。まったく、素直じゃないんだから、アリス」

「やめてください気色が悪い。勝手に動かれるくらいなら、俺の監視下でやってもらったほうが都合がいい。臭いものには蓋ですよ。だから手伝いました。」


「なんでそんなことを……?」

「知ってる?アリス。白百合の花言葉は純潔、無垢。少女に手向けるのにぴったりだよね。毒殺と言えばお姫様。花に囲まれて眠る方が、冷たい廊下で息絶えるよりロマンチックだ」

「…頭イカれてんのか、君たち。…まあ、人を殺した俺の言えることでもないか。」


「…じゃあ、全ての謎は解けましたね。もう一度、犯行の流れを振り返りましょう……。未明さん、一色さん、話してくれますか」


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俺が火衣クンを殺そうと思ったのは、彼女を勘解由小路殺しの犯人と疑ってのことだった。なぜなら彼女は明らかに嘘をついていたからだ__探りを入れたところ、反応があまり良くなかったんで俺は犯行を心に決めた。彼女の煙草と、あらかじめ毒を塗っておいた煙草を入れ替えてね。火衣クンはきっとそれを部屋で吸った。俺には顔も会わせたくないという様子だったから、喫煙所には行かなかったんだろう。


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僕は夜中に廊下で、きせるクンの死体を発見したんだ。彼女の部屋のドアは開いていて、彼女はその部屋から出てすぐの場所で死んでいた。誰かに助けを求めようとしてたのかな。

僕は彼女の死をより素晴らしいものにしようと思って。彼女の死体を運ぼうとした。その様子をちょうど、暝くんに見つかったという訳だ。事情を話すと彼は分かってくれて、さらに協力してくれるなんて言った。だから僕ら2人で彼女の死体に工作をしたよ。ホールから百合の花を摘んできて、白いシーツの上に眠る少女の周りに手向けてね。それで火をつけて火葬した、そういうわけ。


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「つまり今回のクロは……未明喀命くん、間違いありませんね……?」

禍恋は、その目の眩みそうなほど深い青い目を未明に向けた。未明は頷いて、行き場を無くした手でサングラスをかけ直した。


「それじゃあ処刑、よろしいですか〜?」

Rnが口を開き、ピストルの準備をする。

「待った。……まだ、俺は生きたりねぇよ。まだ死にたかないね」

未明が立ち上がりRnを見下ろす。Rnは少し黙ったあと、「それじゃ」とシリンダーを取りだした。


『…?なにしてんだ?』

Rnはシリンダーから、弾を5つ抜いた。一つだけ残し、それを元に戻すと、ジャラジャラという音を立ててそれを回した。


「チャンスをあげましょう。ワタシとロシアンルーレットをして勝てたら、見逃します。」


さあどうぞ、とRnがそのピストルを未明に手渡す。「ワタシが先行でも構いませんよ?」Rnが言うと、未明は冷や汗をかいた顔でニヤリと笑い、それを受け取った。


「……やるかやられるかとなれば、やるしかないだろうが!」


彼は引き金をひいた。_____しかし勝利の女神とは気まぐれなもので。

不運にも彼が6分の1の確率で引き当てた弾丸は、眉間を貫いて緋色の花を咲かせた。そのまま主の居なくなったピストルは宙を舞ってガシャンと落ち、彼の体は床へ。


「……また上手くいってしまいましたか」

Rnがピストルを拾い上げ、悲しそうに笑った。


「ワタシにはやはり変化が訪れないのですね、たとえそれが死だとしても、嬉しいものなのに」


彼がいま、どんな気持ちでそれを言ったのか。表情が分からなくとも、葵にだけはよくわかった。彼も一人の人間だ。


「お疲れ様でした、灰となった彼らの人生をどうかお忘れなきよう」

2:火力不足