※蟲に関する文章描写があります

蟲日記

作:日杲藍子
分類:フィクション小説

この世界は我々人間のものだ。

その名の通り日記のような文体で書かれたフィクション小説である。

1人の子供が蟲や蛇に囲まれ異常な生活を送る物語で、その妙にリアルでグロテスクな描写が多くの読者の心を引き付けた。10/19に始まり、8/7に終わる、約1年分の登場人物の日記。
「天使たちの村放火事件」という実際の事件をモチーフにしたものなのでは無いかと言われているが、真偽は不明。

オチというオチがある訳でもなく、ただただ淡々と日記のように綴られるその物語。また、エンドがすっきりせず、多くの読者がその噛み砕けないかんじを味わうことになる。
だと言うのに、どうして彼ら彼女らはこの物語に惹き付けられるのか。

この疑問に対し、著者日杲藍子氏はこう答えた。

「それはおまえらが異常だから。ただそれだけよ」

原本は英語で直筆で綴られている。
翻訳は超高校級のマルチリンガル:十朱一瞬

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10月19日

今日から私は日記をつけることにした。
誕生日に母から日記帳を貰ったからだ。母は私のことをよく理解していて、私のインドアな性分もよく理解している。
それにあたって、まず初めに私について記しておく。
この日記が誰かの元に届いて、間違った世界が変わりますように。そんな願いを込めて…
私は9歳、アルプスの一端に住む平凡な女の子だ。
得意な教科は言語関係で、苦手なのはそれ以外。
あまり可愛らしいとは言えない顔立ちをしていて、学校では度々虐められていた____どう考えても、彼らより私はまだ見られるというものでしょ!
彼らの、いや、"彼"と人のように扱うのもはばかられる_____その顔は時にどろりと液状でそこが本当に顔であったか知るものはいないほどで、ときにウジが湧いていて常に蠢いて形を変えていて、ときに…。思い出しただけで気分が悪くなるわ。今日はこのくらいにしておこうと思う。
10月20日

まず初めに、一日で飽きてしまわなかった私を褒めて欲しい。思うに、私は結構な飽き性だから…。
さて、昨日は日記を書いている途中で気分が悪くなって布団へ潜ってしまったから、今日は昨日の続きを綴ろうと思う。なぜなら今日は随分と平和で、一日のほとんどをこの部屋ですごしたため書くこともないのだ。
まずあの化け物は、常に形を変えている。いま黒くどろりとしていたかと思えば、次見た時には人によく似た形で、それでいて顔じゅう、体じゅうになにか蟲が湧いていたりするのだ。
私は蟲が苦手であるし、そもそも"あれ"の外観を好む人間などこの世には存在しないと思っている。いたとしたら、おそらくそれも"あれ"と同類なんだわ。
であるから、私は極力近づきたくはない。しかしあれらは随分と動きの読めない生命体のようで、ときに肢体を地面にはわせながらこちらへ近づいてきたり、あろう事か私に触れてきたりする。
そういうとき私はひどく不快で気分が悪くなる。誰だって化け物に触れられたなら嫌なのではないか?それなのにそれを厭う人というのは滅多に見ないから、人間が私ただ1人であるように感じるのだ。実際、そうなのだと思う。
ときにこれを読んでいるお前達には、世界が正常に見えているのだろうか。
いや、見えていないだろう。私はこの歳になるまでに、私以外に正常な世界は見えていないものだと…私と、私の母以外に正しい景色を見るものはいないのだろうと悟った。
お前達は化け物だ。お前達自身が気づいていないのか、または同族ばかりの日常に慣れきっているのか…それは分からないが、私はこの世界はお前たち化け物のためにあるものでは無いように思うのだ。いや、そうに違いない。この世界は我々人間のものだ。
11月8日

今日は朝から晩まで本当に最悪の日だった。今日の日記は長くなりそう。
まず朝起きたその瞬間から頭がかち割れそうなほど痛かった。そもそも昨日からあまり眠れた気もしなくて目の下の隈はいっそう濃くなっていた。朝鏡を見て驚いたほどだもの!
学校へ行くなんて無理だわ!そう思った私は母に交渉を試みたのだけれど、残念ながら今日は大事なテストがあるってことがばれていた。結局、私は重い体を引きずるようにして学校へ向かった。それが今日の全ての不運の始まりだった。
まず家を出て初めに出会ったのは、隣の家に住みついている緑色の苔のようなものが生えた化け物。低く腹の底に響く声で化け物は私に「おはよう」といった。私が化け物と意思疎通する必要があるかしら。いいえ、無いでしょう。だから私、そのまま無視して歩いていたわ。そうしたら化け物が私の肩を叩いたの。「毎日無視するけれど、どんな育ち方をしたんだい」だなんて!化け物たちって本当にすごく勝手だ。私は真っ当に育った気でいるし、私の両親は私のことをよく理解してくれていて、時々化け物だけれど、ちゃんと人の思考だ。おかしいのは向こうのほうだと思う。化け物の分際で人間に声をかけて、返事を貰うだなんて___ましてや小言を言う権利なんてあるわけが無い。肩に触れた腐ったような匂いのする苔の微細な隙間一つ一つから、ぶわっといっせいにうじが吹き出してきて腕を伝った。あまりの不快感に胃酸の上がる感覚を覚えながらも、ぐっと唇をかみ締めてその化け物を振り払って走って逃げた。本当に怖かった。
私はいつも誰とも会話しないで教室の端で本を読んでいるから、化け物とも話さないのだけれど、今日に限って化け物は私に話しかけたわ。へんなひびわれみたいな声で私の名前を呼ばないで!煩いのよ、本当に。
テストはまあ、良くは無い出来。言語以外は苦手なので仕方ない。
家の自室だけが私の安息の地である。今日の出来事をこうして綴る今も、思い出すだけで吐き気がするというもの。___あ、待って!ママが呼んでる。ママが私の好きなあれを作ってくれたんだわ!私はあれを食べてくるから、今日の日記はここでおしまい!またあした。
……中略……

87


今日は私の記憶に、いや、世界の歴史に一生残る日となるだろう。それほどまでに素晴らしい一日だった!

化け物に手をつかまれた時、私は思ったのだ。私の腕を這い上がる細かい蟲や大きな蜘蛛、赤黒い色をした得体の知れない深淵から覗く瞳、またはそれら全てが私をいっせいにおそった時、私は思ったのだ。私はこれを殲滅する必要があると。だから私は村に火をつけた。それは人間である私に課せられた天命!頬が火照っている。額から汗が流れるけれど、不思議なことに不快でない。寧ろそれが自分のした偉大な仕事を裏づけるもののように感じられ、心地が良い。燃えた、燃えたわ、全部!化け物が全部燃えた!いなくなったの!酸素が薄くてフラフラするけど、そんなことどうでも良かったの。ただ、化け物が消えたことが嬉しかった。

そして瓦礫の奥、見つけてしまったの

花、花花花花花花花花花花花花花花花花花花

あたまがおかしくなるほどきれいだったの!うつくしかったの!もういちどあれがみたいの!

死体から花が咲いたの。嘘じゃないわ。本当に見たの。

私はあの花をもう一度見るためなら、なんだってするのよ


蟲日記:終


レビュー

★5  サイコーに狂ってる!
若き才能を応援するつもりで購入したのですが、最高に気持ち悪くて狂ってました!

★5  中毒性ヤバい…
1周目はもう二度と読みたくない!って思うけど気づいたら何周もしてる。中毒性すごいです…

★5   気色悪くて好き
この作者どんな人生歩んできたんや…?ってくらい描写が気色悪い。もちろんいい意味で。

現在、続編にあたる作品を執筆しているのだとか、そうでないのだとか。